発達障がい てんやわんや 日記

発達障がいもちの しおり と 定型発達である 有里さんの ドタバタ日常。

高速道路 あわや 危機一髪

2017年7月 私は、有里さんの車を運転していました。

 

有里さんは、コンサートツアー最終日の帰り道でお疲れモード。しおりちゃん、運転頼むねと助手席でお休みしていました。

 

私は、高速道路を運転しながら、車の速度があがらないなぁと思っていました。でもその時、高速道路では50キロで、走行するように標識が出ていて、これでいいんだと思いながら走っていました。

 

下り坂では、速度が出るのに、上り坂では速度がでない。

 

私は、パーキングエリアで休んで車の調子を見るとか、有里さんを起こして不調を伝えるということを思いつきませんでした。

 

その時は、有里さんが休んでいる間に駒ケ根まで帰ること、そのことだけに頭がいっていました。

 

有里さんが起きて、しおりちゃん、回りの車にすごい勢いで抜かされてるよ。もっとスピードあがらないかな?と言われました。私は、アクセルを踏んでもスピードが出ないことを伝えました。

 

私は、アクセルを踏んでもスピードがでないことを変だと思っていませんでした。

 

文字で書いていると、とてもおかしなことだと気づけますが、運転している最中はそれがおかしいことだと思えなかったのです。

 

えー、なんでだろう。でも、動く限りは駒ケ根に近づかないとと思っていたような気がします。

 

アクセルを、踏んでもスピードがでない。それを聞いた有里さんは、トンネルに入る前の駐車場に入るように指示を出しました。

そこで、有里さんと運転を交代。

 

そのトンネルは、恵那山トンネル。日本でも10指に入る長大トンネルです。

 

トンネルに入ると、反響音でエンジンの調子がおかしい。

ハザードランプをつけながら、何キロ走ったでしょうか。後ろから二台のトラックが並んで走ってきたそうです。

(私は後ろではなく、前ばかり見ていました。コンサートで出会った人と話した、死ぬときはああ、幸せだったって思って死にたいと話したことを回想していました。今思うと走馬燈のようなものだったのかもしれません。)

 

有里さんから、しおりちゃん念仏!と叫ぶように指示され、二人で大きな声で念仏を唱えました。自分たちの力ではどうにもしようがないとき、残された道は神頼みでした。

 

こちらの速度は50キロもなかったと思います。トラックは追い越し車線をつかって追い越していってくれました。

 

そして、とうとうアクセルが効かなくなり、トンネルの中にある緊急停車帯の手前。車一台ぶんの駐車スペースに滑り込みました。

 

車を停めると、フロントから白煙がのぼりこれはあぶないと二人で車から脱出。

 

トンネル内の非常用電話でこの事態を、説明して、トンネルの中で待機。

 

二人で念仏を唱えました。

 

そうすると、だんだん夏の暑くて、排気ガスが充満するとても環境の悪いトンネルの中で幸せな気分に。

 

1~2時間後、高速道路のパトロールがきて、レッカー車も来ました。

レッカー車では、とてもやさしいおじさんがきてくれて、車の修理工場を一緒に探してくれることに。この時、有里さんは、今日遊里庵に帰れたら奇跡だと思ってたと教えてくれました。

 

なんとか、有里さんが昔お世話になっていた、工場が電話に出てくれて、そこに預けることになりました。

 

到着時刻は、そのお店が閉店した後の時間だったのですが、工場長が待っていてくれることになりました。さらに、機材を工場長の車に乗せて遊里庵に帰ることができました。

 

私は、何が危険なのかも、分かりませんでした。高速道路で50キロで走ることがどういうことなのかも、もし事故になっていたら、私たち二人が死ぬだけでなく後ろの車も巻き込んで大事故になっていた可能性があること。

 

最後は、見えない存在に生かされて今私たちは生きています。

 

おかしいことをおかしいと認識して、改善しようというアイディア、それを思いつかなかったこと。それは本当に私が普通と違うところだと思いました。

 

危険を認識したり、想像したりできない私がいる。そんなことを気づけた事件でした。

 

 

しおり

 

2017年7月、あのとき、わたしはしおりちゃんと一緒に、いや多くの方々を巻き添えにして大事故で天に帰っていた可能性が高かった。それが、エンジンが燃えてしまっただけで済み生かされているのは奇跡だと思う。

危なかった危機一髪を、見えない力で守られたあの出来事、今なら なぜそんなことになったのか、わかるのだけれど、あの時は なにがなんだか分からなかった。

しおりちゃんには、危険や、異常を察知する感覚が機能していない。今は、そのことに気がつき、注意深くあろうと努力しているとは思う。でも、一つのことに集中していると、他のことには、気がつけないのだ。


身近にいて、いつもと違う音や、様相を聞いたり、見た時は教えてあげないといけない。誰もが同じように危険を察知できるわけではないことは、受け入れがたいけれど、「見ても見えていない」彼女を見てきて、今では 迷わず異変を伝える。時に応じて、周囲のみんなで、しおりちゃんの目や耳になる必要を感じる。

2017年7月、愛知と岐阜のコンサートを終えて、わたしは寝不足で長野への帰路の運転をしおりちゃんに交代してもらった。ぐっすり眠っていたが、ふと目が覚めると、両サイドを車がビュンビュン追い越している。スピードメーターを見ると、50キロで目を疑った。ここは高速道路だよね・・・。

「しおりちゃん、みんなにすごい勢いで追い越されてるよ。高速道路で50キロは遅いよ」と言うと、
「50キロ以上スピードが出ないんです。」と言う。「制限速度50キロって書いてありましたし。」と。

 

え??ビュンビュン追い越されても、危険を感じてないの?
「え?今ここは80キロだし、みんな120キロくらい出してるよ。」「50キロは危ないよ。」

後で聞けば、すでに30分くらいその状態で走り続けていたらしい。目の前にトンネルが迫っていた。目が覚めて、30秒以内の出来事だった。

「しおりちゃん、なにかおかしいよ。そこの空き地で止まって!」と指令した。
空き地に緊急停車してから、ドキドキしながら、ぐるぐると試し運転した。どうしたらいいだろう?遠出点検をしたばかりで、水やオイルも充填、交換し問題なしと言われていた。冷却水が入っているか確認した。入っていた。

「次のインターまで走って、高速降りて修理工場へ行く」と決めて、わたしが運転席に座り、トンネルに入る。

トンネルに入った途端、緊迫した。トンネルの壁で反響してくるエンジン音がおかしかった。

ミラーで、後ろから2台のトラックが迫ってくるのが見えた。アクセルを踏むと、温度計が急上昇、赤いところへ針が達して、アクセルが効かなくなった。ハザードランプをつけて余力で走った。

「しおりちゃん、念仏!」ととっさに大き声が出て 二人で念仏。もう、自分の力ではどうにもならない。死ぬかもしれない。

二台トラックは、横をすり抜けるように追い越した。わたしたちの車は、予測を超えて長く走り、緊急駐車帯のすぐ手前の一台だけ車が入るスポットへ、かろうじて突っ込んで止まった。

止まったとたん、エンジンルームから煙が。それから、状況を伝える電話をかけた後、道路の脇で二人で念仏を唱えた。南無阿弥陀仏サンスクリット語で「無限なる光にゆだねる」という祈りだ。夏のトンネルの蒸し暑さ、排気ガスの苦しさ、反響音、車はどうなるのか?無事に家に帰れるのか?不安や不快感が浄化されて、幸せ感に満ちてくる不思議な体験をした。

その後、親切なジャフの運転手、修理工場の工場長さんのおかげで、夜7時に修理工場に着くことを受け入れてもらい、楽器や音響機材すべての荷物と一緒に、工場長さんの車で、家まで送り届けてもらい、お風呂に入り安心して眠ることができたのは奇跡。

エンジンは完全に燃えてしまい、積み替えることになった。二つの修理工場の修理工の方に説明を求めた。何かの拍子に、冷却水が急速に漏れたか、冷却水をエンジンに運ぶパイプに異常が起きていたか?点検の時には、異常がなかったから、予測できない不備が生じたのだろうが、異常が起きれば、最近の車は正常に機能しないようにできてるからエンジンを燃やすところまでは至らないはずだけど、なぜ燃えてしまったのだろう?と。

車は確かに正常に機能していなかったが、しおりちゃんは、車が正常でないことに気がつかなったのだ。

しおりちゃんの発達障がいに気がついたのは、今年5月。昨年の7月に、わたしの視点は車の故障の原因に向かっていて、視点をしおりちゃんに向けていなかった。責めることになるので、その対応(感覚)はおかしいよとは言わなかった。

危険に気づけない場合、それは、なにかがおかしい。変だよと伝えても、伝わらなければ、なぜ伝わらないのか?謎を解かないといけない。その上で、みんなで気をつけて守ってゆく必要があると思う。

競争社会では、お互いに助け合い、連携しあうことを忘れがちだが、あるがままを知ることが、どう助けたらいいのか知ることになり、いのちに守るには、大事なことだと改めて思う。

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しおりちゃんの、ひとつに気を取られると他が見えない。一点集中型脳は、人のできないことをやり遂げる脳でもある。

やったことがないのに、電気のスイッチを直してくれたり、デザインのソフトをマニュアルを読んで使いこなしたり、素晴らしい能力をそなえている。

ただ、全体が見えないので、危機管理については周囲が気を配ることと、危険の察知のポイントをその都度、かみ砕いて伝えてゆくことが肝要な気がします。

有里