オウム返し
有里さんと、生活をともにするようになって、しばらくたったとき、お店でごはんを食べることになりました。
その時有里さんから、「何食べたい?」ときかれて、私は「何食べたい?」と言葉を発していたようでした。
その時、有里さんが「しおりちゃん、同じ言葉を繰り返しているよ。それ以外にも、何かを聞かれたときに、間がなくって、あーとかうーとか言っているよ。」と教えてくれました。
私は、この時言われたことがわかりませんでした。言葉を繰り返している?間がない?え?
頭の中には疑問符がたくさん飛んでいました。
私が言葉を繰り返すのは、その質問は、これで間違いないですね?という確認の気持ちと回答を考える時間が欲しかったから、そのようにしていました。
でも、普通の人はそういうことしないよって有里さんがいっていました。
そして、人の言葉のあとにあーとかうーとか言っているのは無意識だったので、全然記憶に残っておらず、言ってるよと言われても信じられませんでした。 でも、それを教えられてからしばらくたつと、自分がその言葉を発していることに気づきました。「あ、これか!有里さんが言ってたことがやっとわかった。」と有里さんに報告しました。
質問を繰り返すのは、一度自分の言葉に置き換えて、安心したかったから、回答を考えたかったのは、質問者が欲しい答えを想像するため。
自分の意見ではなく、質問者が気に入るような答えを言うことを最優先してきました。それは、質問してきた人の「こう言ってほしい」という気持ちを感じていたからかもしれません。
有里さんから、人が求めている言葉じゃなくて、本当に自分が思っていることを言えばいいよ。と言ってもらえたことで、オウム返しや、人に合わせて回答していくことがなくなって楽になりました。
どんな意見でも伝え合っていくこと、自分の癖は自分で気づくことで直していくことができる。と教えてもらいました。
後に、わかったことですが、発達障がい者の特徴の一つに、言葉をオウム返しにすることがあるそうです。でも紐解くと、原因があり、それを自分で理解できれば、オウム返しすることやめることもできるのです。
しおり
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しおりちゃんが遊里庵に暮らし始めてから、発達障がいではないかと友人が言ってくれたのは、1年1か月たったころのことでした。
それまでは、彼女独特な行動形態の理由がわからず、違和感や疑問を感じることが多々ありましたが、直したほうがいいと確信したときに、初めて伝えました。
言葉の返し方、思考のながれや行動に癖があり、なぜだろう?と思っていたのです。
どこかいつも緊張している若者が、さらに気にするといけないので、長い目で見て、半年くらいしてから伝え始めたと思います。その癖は、人との距離を隔ててるような気がしてならなかったからです。
伝えてみて、びっくりしたのは、しおりちゃんは自分のやってることに気がついていなかったこと。
「オウム返し」
しおりちゃんはまず、話しかけられた言葉を繰り返してから、返事するのです。
例えば「どこに行きたい?」と聞けば、「どこに行きたい?」と自分で言い直し、「町へ。」とか答える。
その会話の仕方は、対人関係に緊張と隔たりをもたらし、ハートではなく頭でしゃべる結果になっているような気がしました。
「しおりちゃん、なぜオウム返しをするの?」
「人の言葉を、ハートで受け取ってないように感じるよ。人の言葉を言い直すことで人の気持ちを跳ね返して、意味だけを考えてるように感じるの。言葉と音をそのまま胸で受け取って、考えずに素直に出てきた言葉を話してみたら?」
しおりちゃんは、憮然として反論してきました。
「え?オウム返し?わたし そんなことしていない。」
「え?だって、いつも人の言葉をオウム返ししているよ。気がついてないの?」
「わたししてません。」
とても驚きました。
でも、すぐに、その直後に、オウム返ししたので、さすがに、しおりちゃんは気がついて、自分でびっくりしていました。
オウム返しの他に、あ~とかう~とか、声を出して、無音の時間を埋める癖もありました。それも、気になっていたので、伝えると、こちらも即座に、「そんなことはしていません。」と断言するのです。でも、たちまち会話の中で、無音を埋める音声を出しながら会話している自分に気がついてびっくりしていました。
しおりちゃんは、気がついたら、オウム返しも、あ~とか う~とかも言わなくなりました。
しおりちゃんは発達障がいではないか?と友人が言ってくれた時、発達障がいに関する様々な本を読み、その特徴の中に「オウム返し」というものがありましたが、しおりちゃんは、わたしに指摘されて、数か月で、直ってしまったのです。
オウム返しするには訳があると思うのです。
しおりちゃんにはこんなふうに伝えました。
「それは、きっと人の言葉を一度保留にしたかったからじゃない?ありのままに受け取って、自分の素直な気持ちを出してみたら?考えずに、自分の感じたことをそのまま伝えたら、人との壁が溶けて会話が楽しくなるよ。」と。
ありのままでしゃべるという新しい「概念」が入ったように感じました。
会話に緊張が少なくなって「オウム返し」もなくなったのです。
なぜ その行動形態が定着しているのか分かった時、別の選択も可能なのだと感じます。
周囲に合わせるのではなく、ありのままを生きて行くことでずいぶん生きやすくなるような気がします。得意なこともあれば、苦手なこともある。その凸凹を補うには ありのままのコミュニケーションを重ねてお互いの現状を知ることかなかな?思っています。
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しおりが遊里庵(有里の自宅)に暮らし始めたいきさつは、こちらから読めます。