しおりちゃんが、遊里庵(ゆうりあん・有里の自宅)にやってきた
【しおりちゃんがうちに来たいきさつを簡単に】
わたしは、長野の山里の古民家、遊里庵に暮らして11年目。2018年9月30日現在は、猫3匹と、25歳の長男と、27歳のしおりちゃんと暮らしをしています。
わたしは、土を耕し草を刈り、野菜を育てるのが大好き。そんな暮らしは30歳くらいからスタートして、もうやめられません。山から薪をいただき暖をとる自然界とつながった暮らしは、「お金」では計れない豊かさに満ちています。
ところで、わたしの生業は、森と人をつなぐシンガーです。音楽をこよなく愛していて、みんなが自分のこころといのちを大切にして暮らせば、地球も蘇るだろう、とメッセージをうたに乗せています。
そして、しおりちゃんとの出会いは・・・
2016年、2月、九州へのコンサートツアーで、熊本でひらいた自然とつながるワークショップでした。そこには、しおりちゃんが参加していました。
しおりちゃんの最初の印象は「若いのに、表情のない真面目な子」だったのですが、
ワークショップで素足で歩くワークの感想を涙ながらに語り、記憶に残ったのです。
「靴は親みたいだ。守られて安心だけど、靴を履くと世界を感じられない。」
フェイスブックでつながり、居場所は教えながらも「家出」状態で北海道まで車で旅をしているというしおりちゃんの存在に、次男が重なりました。
世間知らずで繊細で優しい次男は20歳で反抗期と自立への衝動が重なり、生まれて初めて家出をしていたのです。どこで誰にお世話になっているか分からない。彼が、ゆく先々で良き出会いに恵まれますようにと祈る気持ちが、彼女の旅がいいものになりますように、という祈りにもなりました。
家出旅をしても、フェイスブック上では表情が硬いしおりちゃんにメールで、声をかけました。彼女は「自分の食べるものは自分で作る農的な暮らしをしたい。」と言っていたので、畑や薪とりなど暮らしで、自然と繋がってゆけば道がひらけてゆくのでは?と思ったのです。
「長野を通る時に 遊里庵に寄ったら?」
しおりちゃんは、行と帰り合計4週間、遊里庵での暮らしを体験してほんとに楽しそうで溌溂としていました。その後、鹿児島に帰り、勤めるようになると硬い表情に戻ったのが気になりました。
「しおりちゃん、遊里庵で1年、土に根差した暮らしから生まれるアート体験をしてみない?」
そして、遊里庵暮らしが、今月で、1年と5か月になりました。
当初、表情が硬く、会話もオウム返しをしたり、緊張の強いしおりちゃんが なにを想いなにを怖れているのか想像はつきにくく、コミュニケーションの難しさがてんこもりな「てんやわんや」な日常が始まり、わたしも疲れ果てた時期がありました。
1年を過ぎたころ、相談した友人から「発達障害では?」という言葉がきっかけで、本を読み、自閉症スペクトラム(アスペルガー)であろう。としおりちゃんと二人で確信しました。しおりちゃんは、自分のような人たちがこの世にたくさんいると知って、ほんとに安堵した様子でした。それは、わたしも同じでした。
9月になり「こころの医療センター」で診察を受けて「アスペルガーとADHDの両方の症状がみられる」と診断を受けました。
わたしたちふたりの「てんやわんや」な日常は、多くの発達障害の本人と家族の日常でもあることを知りました。
コミュニケーションがとれないしおりちゃんに驚愕し、しおりちゃんを知るために話しかけ、彼女の理解できない「概念」をつかみ取り、今更ながらあの手この手で「概念」を伝えると、しおりちゃんは理解した瞬間から行動が変化し、明るくなる日常の出来事のひとつひとつが、きっと 読む皆さんの手助けにもなるであろうと確信して、この日記を始めることにした次第です。
この1年5か月 そして今もおき続けている「てんやわんや」は、人は人と共に生きてゆくには、まずはお互いをありのままに知ることがスタート地点であること、
生まれてきた喜びを感じ、ありのままで愛され 役に立つことを知ると、昨日と違う今日を生きる進化&変化が始まることを体感させてくれています。
みんな違ってみんないい。それは、お互いを知ることから始まりますね。
しおりと有里の「てんやわんや日記」にようこそ♥
有里
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こんにちは、しおりと有里の「てんやわんや日記」にきてくださりありがとうございます。しおりです。
わたしは今、長野の有里さんの自宅(遊里庵ゆうりあん)に暮らしています。来た当初は、なにをすればいいのか、よくわからないのに、それを伝えることもできず、いらだちと緊張を感じる毎日でした。
1年たち、わたし自身の発達障がいがわかりました。
なぜこれまで生き辛かったのか、その理由がわかりほっとしています。人と感じ方が違うことをうっすらわかっていたのですが、どこがどういうふうにちがうのか、また違うことでおこるトラブルの対処法もわからず、同じ人間関係を長く続けることができませんでした。
今わたしは、有里さんの助言と、熱心なやりとりのおかげですこしずつ人の輪の中にいるには、どうしたらいいのかがわかってきたところです。
まだまだ、認識の違い、感覚のずれによるびっくり話は尽きませんが、一歩ずつあゆみを進めているところです。
その日常をこうして、公の場で共有することはわたしが今どういう状況であるのかを知ってもらうと同時に、わたしと同じように苦しみの中にいる人、そして周りで接している人の役に立つと思っています。
どうぞ、この日記が発達障がい当人と周りで接する家族の心の安らぎとなりますように。
しおり